在前陣子播出的《櫻井·有吉 THE夜會》中,搞笑藝人石橋貴明替女兒向偶像櫻井翔提問“你喜歡什麼書?”櫻井翔的回答是↓

講談社ノンフィクション章・JTB紀行文學賞を受賞した力作——辺見庸『 もの食う人びと』。人々の苛烈な「食」への交わりを訴えた連載時から大反響を呼んだ劇的なルポルタージュ。

獲得講談社紀實文學獎和JTB遊記文學獎的力作——邊見庸《もの食う人びと|吃東西的人們(暫譯)》。這一作品控訴了人們在“吃”這件事上的殘酷,是從連載時期開始便取得巨大反響的報告文學作品。

辺見 庸(へんみ よう) 1944年宮城県石巻市で生れ、日本の作家、ジャーナリスト、詩人。元共同通信記者。早稲田大學第二文學部社會専修卒業。1991年、「自動起牀裝置」で第105回芥川賞受賞。1994年、『 もの食う人びと』で講談社ノンフィクション章・JTB紀行文學賞受賞。

作者邊見庸(へんみ よう),1944年生於宮城縣石卷市,日本作家、記者、詩人。曾是共同通訊社記者。畢業於早稻田大學第二文學部社會專業。1991年憑藉《自動起牀裝置》 獲日本第105屆芥川獎,1994年憑藉《吃東西的人們(暫譯)》獲講談社紀實文學獎和JTB遊記文學獎。

日文書名:もの食う人びと

中文書名:無中譯本

作者:辺見 庸

類型:紀實;遊記

本書簡介:

人は今、何をどう食べているのか、どれほど食えないのか…。飽食の國に苛立ち、異境へと旅立った著者は、噛み、しゃぶる音をたぐり、紛爭と飢餓線上の風景に入り込み、ダッカの殘飯からチェルノブイリの放射能汚染スープまで、食って、食って、食いまくる。「食」の黙示録。

如今人們都在如何進食,又吃些什麼。而食物的界限又在哪裏。對能夠飽食的國家感到焦躁,於是踏上異國之旅的作者,搜尋着咀嚼與吮吸的聲音,進入在紛爭和飢餓線上掙扎的風景裏,從達卡的剩飯到切爾諾貝利的放射能污染湯,吃了又吃,不斷在吃。這是一部關於“吃”的啓示錄。

推薦理由:

辺見庸の『もの食う人びと』のすごさは、世界各地の食文化に出會い、実際に口に入れながら、異文化と格闘していくところにある。わたしたちに備わった感覚のなかでも、味覚というのはかなり根源的な感覚である。視覚は対象との距離を保ってはじめて成立するが、味覚は対象を取り込むことによって成立する。味覚は眺めているだけでは成立せず、その世界をまるごと受けいれようという構えによってのみ働く感覚である。彼はバングラデシュで路上で再生して売っている殘飯を食べ、それを殘飯と知って吐き出す。この咀嚼と嘔吐は、異文化を受けいれることの困難さをリアルに描いている。フィリピン、ベトナム、東歐、ロシア(チェルノブイリ)、ソマリア、ウガンダ等々、彼の紀行は続く。この紀行を通して、著者が逆照射しようとしているのは、もちろん今の日本の食文化である。

邊見庸的《吃東西的人們(暫譯)》一書的厲害之處在於,作者遭遇世界各地的飲食文化,在實際品嚐食物的過程中與異文化格鬥。在我們具備的各種感覺中,味覺可以説是非常根本的。視覺只有在與對象保持一定距離的情況下才能發揮作用,而味覺則是通過吸收對方來發揮作用。僅僅通過遠遠觀察,味覺是發揮不了作用的,它是隻有在接受了讓這一食物得以存在的整個世界後才能發揮作用的感覺。邊見庸在孟加拉國吃路邊加工再賣的剩飯,發現是剩飯後就吐了出來。這種咀嚼和嘔吐,真實地反映了接受異文化的困難。菲律賓、越南、東歐、俄羅斯(切爾諾貝利)、索馬里、烏干達等等...他的遊記還在繼續。通過這本遊記,作者想要進行對照説明的正是當今日本的飲食文化。

翻譯為滬江日語原創,未經授權禁止轉載。

相關內容推薦:第164屆芥川直木文學獎11部候選作品公佈